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多少の誤字があっても作品を出し続けたほうが良い理由

どうも水谷です。

 

小説家をしています。


WEB小説を中心に作品を投稿しているのですが、後からけっこう誤字脱字が見つかります。

どうやら僕は誤字脱字を見つけるのが苦手で、「絶対にないはずだ。」と思って出したものでも、あちこちに指摘が入ることも多いのです。


投稿してから初め数人の読者さんからのコメントは、「面白い」とか「続きが気になる」ではなく、
「ここ、間違っていますよ。」だったり。


本当にありがたい・・そして情けない。


どうにか無くしたいなって思っているのですが、本当に厳密に推敲し始めると1作品に対して莫大な時間がかかるんですよね。

だったら1話でも多くを読者さんに提供した方が良いんじゃないかと。


修正するのは、読者さんから指摘をいただいたり、改めて読み直した時にすれば良いのではと思ったりもするのです。


「それはプロとしてどうなんだ。」という指摘もあるかもしれません。
「いやいやちょっと待ってくれ。こんな理由があるんだよ。」と今日は主張をさせてください。

 

誤字脱字があってもウケる作品は反応がある

まず強く思うのが、誤字脱字がある程度あっても面白い作品は読まれるということ。

 

僕は、複数の作品を同時に出していまして、それを肌感覚で強く感じています。テーマが鋭かったり、発想が秀逸である場合、その勢いで作品は成長していく。

 

散乱的に複数の鋭いテーマの作品を書いてみて、反応が良い作品だけを改めて推敲するというのも効率性という点ではアリかもしれません。

 

「一度、出した作品」だからこそ見つけやすい

一度人に見られる場に出すと、自分の推敲の目も厳しくなります。


これは作家あるあるなのかもしれません。幼稚園で見る息子は頼もしく見える。的な発想なのかなと。

 

急に作品がどこか他人のものとして映るんですよね。その結果、「ここも直したい。」「これがおかしい。」という修正点が出て来やすくなります。

 

その点でも、一度世に出し、ある種の緊張感を味わいながらの方が集中も出来る。

いずれ人工知能がやってくれるはず

こういうのって絶対に人工知能がやってくれるはずなんですよ。

 

だって今でさえWordに文字を書けば、誤字脱字の指摘をしてくれるじゃないですか。

さらに精度の高い校閲は絶対に可能になるはずです。そしたら誤字脱字の少ない作家を目指すより、生産量の多い作家を目指した方が時代の流れにあっています。

 

たった1個の誤字を見つけるよりも早く出す方が大事

「選択と集中」の話です。

 

どこまでの誤字脱字を自分の中で許容範囲とするかも重要となります。

個人的には、だいたい1話2000文字くらいの中で1、2個くらいならしょうがないかなと思っています。

 

たった1個を絶対的になくすために、もう一つの話が書けるくらいの時間をかけるのは、あまりにももったいない。

それくらいならさっさと出してして、新たな視点となった自分で見つけるなり、読者さんに見つけてもらうなりした方が早い。

 

誤字脱字をなくすには?

ただし、できるだけ誤字脱字はない方が良いのは間違いありません。

2000文字の話の中に5個も6個もあるようではやはり質が疑われます。(そしてたまにそういうことをやってしまいます。)

「あっても1、2個」くらいまで誤字脱字を「手早く」減らすことは必要です。

少なくとも人工知能が勝手にやってくれる日が来るまでは。

声に出して読む

小説を読む時、速読をするのであれば「脳内音読しない」のが最適と言われています。

 

これはその逆です。声に出して読むことで小さなミスを発見しやすくする方法。ただし読むスピードは格段に下がってしまいますが。

 

一度は自分の作品でやっておきたい。誤字脱字をチェックするのにも加え、文章のリズ

ムテンポ、流れを向上させるのにも最適です。

チェックツールを使う

Wordの校正チェックツールを使うだけでも十分に誤字脱字を調べられます。
ただし、長文を入れると途端にWordは重くなるので、細切れにしてチェックしないといけないのが面倒なところ。

 

ブラウザツールとして便利なのは、「日本語の文章校正をサポート」

www.kiji-check.com

この記事を書く過程で見つけました。コピペしてチェックすれば、かなり厳密に誤字脱字を調べてくれます。

最後に

ということで、まとめるとこんな感じになります。

 

・声に出す、チェックツールを使うなどをすればだいたい9割くらいは見つかる

・残り1割にそれほど時間を割くより新しい話を書く方が大事

 

実はこれ、誤字脱字だけじゃなくて自分の作品を読み直すことにも当てはまると思うんですよね。

長編を作った後ってそれを何度も読み直したくなりますが、その時間ってやっぱり創作に繋がっているわけではない。

 

逆に何年も前に書いた作品を読み直すことには価値があります。読んで恥ずかしくなることに意味がある。恥ずかしい、稚拙だと感じるのはやっぱり自分が成長しているから。

いつまでも過去に書いた作品が面白いと思っているのは、危険信号です。次の挑戦をしていきましょう。

 

とにもかくにも、量が質を凌駕します。書けば書くだけ自分の力も上がるし、世間の目に止まる可能性も増える。

いかに早く、たくさんの作品を出すかをぜひとも意識してみてください。