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エスカレーターの右側を利用することに全力を注いだ青春

エスカレーターの右側を利用することに全力を注いだ青春

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エスカレーターといえば、関東と関西で使い方が違う珍しい乗り物である。

関東では左に並び、関西では右に並ぶ。


僕の地元を愛知だ。

「中部地方ではどうなのか?」という皆さんの長年のぎもんに答えておくと、左側である。

つまり、関東と同じだ。

 

高校生の頃、僕は帰宅の際に、学校から自転車を使って駅まで向かい、電車に乗っていた。

駐輪場は駅のB1に設置されていて、電車のホームは2F。

そして、設計ミスではないかと思えるほど、階段は長かった。

 

B1から2階まではエスカレーターを使うのがメインとなる。

 

そして、僕は、少なくとも記憶のある限り、常にエスカレーターの右側を使っていた。

左側で立ち止まることなく、右側のいわば「追い抜き車線」を利用していたのである。

 

左側に立ち、ただ漫然と昇るとが許せなかった。そんな自分を見たくなかった。

それはひとえに、焦燥感とプライドから来てる。

時間を無駄にしたくないという焦燥感、立ち止まっているお前らとは違うんだぞというプライド。

 

「エスカレーターのご利用の際は、手すりにつかまり、黄色の線の内側に立ってご利用ください。」


そんな事務的な警告文への反骨精神もあったのだと思う。

時に走りながら、時に巻き込まれたら危険だと言われているクロックスをはきながら、僕はエスカレーターの右側を走っていた。

 


田舎の電車だ。すぐには来ない。そこで追い抜いた人にも、結局はホームで追いつかれた。

 

一体自分は何と戦っていたのだろうか?

「答えなんてない。俺は俺と戦っているのだ。」当時の僕はそう言い聞かせていた。

 

 


それから10年が過ぎた。

地元に帰省したある日、僕はたまたまその駅にB1から入ることがあった。

 

そのまま2階へと登り、ホームでふと「自分がB1から2階まで、エスカレーターの右側を使っていないこと」に気付いたのだ。

 

なぜ?自分はどうやって、ここにきた?

直前の自分の行動を思い返し、ある事実にたどり着いた。

 

エレベーターを使っていたのである。

「そうか。エレベーターが出来たのか。」

 

テクノロジーの進歩は、細かな人間の違いを、個が掲げていたわずかなプライドを、いとも簡単に消し去ってしまう。

そんな虚しさを感じつつも、故郷の発展を嬉しくも思い、友人にそのことを話してみた。

 

 

「昔からあったよ、エレベーター。」

 

僕は一体、何と戦っていたのだろうか。