【大発見!】真の「与えられる人」は「わがまま」だった!トップ・ギバーの考え方。

わがままに生きるとは? 

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水谷です。小説家をしています。

僕は日頃から他人の顔色を伺いながら生きている小心者です。肥大化した自己意識が自らを傷つけ、卑屈に卑屈を重ね今日まで過ごしてきました。

 

それ故に「わがまま」に生きることに関して必要以上に憧れを抱いています。 

となると、こういう記事がやっぱり目に止まってしまうんですよね。

kakutayoichiro.themedia.jp

「頑固」「協調性がない」「わがまま」は違う(そして「わがまま」が大事だよ)という話です。

 

ざっくりまとめてみましょう。

自分の考え(X)と相手の考え(Y)があった時。

Xにしがみつくのは「頑固」。

Yにすぐ変えるのは「協調性」。

そして、「社会(組織、お客さん)にとってXかYの最善な方を選ぶ」のが「わがまま」であると。

 

自分の考えに固執するわけでも、相手の考えに迎合するわけでもない。

「(社会の利益最大化のために)わがまま」な人間であれ!

 

なるほどなるほど。

小説家に当てはめてみると?

例えばある作品のプロットに対して、編集担当の方から「こうしたほうが良いじゃない?」と提案された時。

 大事なのは、「思いつくの大変だったからこのアイデアを使いたい」でも「担当のさんにはお世話になっているからなぁ」でもない。

 

「読者にとって面白いかどうか?」という視点。ただこれだけ。

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これは非常にわかりやすい指針です。

常に自分を客観的に見れますし、相手の意見を却下した時「これって自分が頑固なのかな?」と気にしなくて済む。

ギバーとは何か?

「ふふふ、勉強になったぞ。」と満足げだった僕ですが、ふと別の話が頭の中で繋がりました。

それがこちらの本

GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代 (単行本)

GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代 (単行本)

 

これまたざっくり説明します。

この世には「ギバー」「テイカー」「マッチャー」の3タイプの人間が存在する。

ギバーは「損得抜きで相手に与えられる人」

テイカーは「とにかく相手から奪おうとする人

マッチャーは「与えた分をもらい、もらった分は与えようとする人」

目指すのはギバー。ギバーになれば長期的に巡り巡って自分のところに戻ってくるよ。

という話。

 

でもちょっとだけ「本当かよ?」って思わないですか?「正直者が馬鹿を見る」なんて言葉もあるくらいですし。

そう。実はギバーにも落とし穴があるのです。

ギバーでも損をすることがある。 

これを、メンタリストDaiGoさんが面白い点で論じています。

 

ちなみにDaigoのメンタリズムの凄さは下記の「ババ抜き対決」を見ると一発。

youtu.be

特に上のホリエモンとの戦いはすごい。

 

ただ、単純に凄い凄いというと説得力がないから簡単に説明するとまず思うのがこれ全員打ち合わせしているんじゃないのって話なんですよね。そもそもメンタリズムって心理の意表を突くことで人を驚かせたり喜ばせたりするパフォーマンス術っていう意味があるみたいなんだけど、何が凄いってあくまでも科学的なわけ。科学的に人を動かすってマジか。人って科学的手法で動かされちゃうんだっていうね。

個性はどこにいったんだ。俺たちはもっと個性ある生き物としてこの地球上に生まれたわけじゃないのか?そんな葛藤もあるのですが、でもやっぱり凄い。というか動画見たら一発なので動画見てよ。このメンタリズムを例えば俺が実践すると、 

 

 

いま、上の文字読み飛ばしたでしょう?

これがメンタリズムです。(嘘

メンタリストDaiGoのギバー論

話を戻します。ギバーの中でも実は2タイプあるという話。

周りに搾取をされて失敗をする「ボトム・ギバー」と、周りを巻き込んで成功をする「トップ・ギバー」が存在します。

 

以下、与える人は結局損をする? 研究でわかった成功する人の共通点 - ログミーから引用

じゃあ、「与えまくったり、人のために自分を犠牲にする人って、果たして本当に得するんですか?」って話があると思うんです。

答えを言うと、得しない場合もけっこうあるんですよ。

成績が出るあらゆる業界の人たちを調査すると、一番ボトムにいる人、順位でいう一番下、最下位にいる人たちというのは、実はギバーの傾向があったんですよ。

ある会社や業界の人の成績を並べて、その性質を調べてみると最下層はギバーの傾向にあった。

 

結局周りにいいように使われちゃってる人たちが最下層。つまり、テイカーに食われてる人たちが、最下層にいるわけです。

一番下にいるのは、テイカーに食われてるギバー層なんですね。

なぜなら「もらうことしか考えていないテイカー」によって搾取されているから。

 

ギバーとしての性質を100パーセント活かしている人は、トップ・オブ・ザ・トップにいるってことがわかってるんです。

つまり、世の中というのは、上はギバーなんです。そして、一番下もギバーなんです。

真ん中の中途半端なところに、テイカーとマッチャーがいるってことなんですよね。

しかし「トップにいるのもまたギバー」という事実。

 

ギバーとテイカーとマッチャーの一番の違いはなんなのかというと、一番の違いは、テイカーやマッチャーは、自分の利益を最大化するために与えてるんですね。

ギバーだけが目的が違うんです。(トップの)ギバーは、みんなの利益を最大化するために与えるんですよ。

どういう意味かというと、みんなの利益というのがポイントで、ここに自分の利益も入ってるんです。

トップ・ギバーは「自分を含めたみんな(社会)」の利益最大化のために動いている。

 

ボトム・ギバーは自分の利益を度外視して、人のために尽くしちゃうんですね。

これは、絶対ダメなんです。続かないし、目減りしていっちゃう。 

 ボトム・ギバーは「自分を抜いたみんな(社会)」の利益最大化のために動いてしまう。

 「わがまま」=「トップギバー」

どうですか?これ前半で述べた「わがまま」の考え方に近くないですか?

(これね↓)

自分の考え(X)と相手の考え(Y)があった時。

Xにしがみつくのは「頑固」。Yにすぐ変えるのは「協調性」。

そして、「社会(組織、お客さん)にとってXかYの最善な方を選ぶ」のが「わがまま」であると。 

ボトム・ギバーは Yを採用すぎるあまり「協調性」を重視に。

トップ・ギバーは「自分を含めたみんな」にとって最善を選ぶ「わがまま」に。

具体的にどうすれば良いのか?

では実社会において具体的にどうすれば良いのか?

 

例えば仕事が終わらなくて困っている同僚がいる。 自分も今日はそこそこ大変。

そんな時に、

「絶対助けてやらない(むしろ俺を助けて)」がテイカー

「この前助けてもらったから助けてやろう」がマッチャー

「俺も仕事あるけど手伝ってやろう」がボトム・ギバー

「自分にも仕事がある。暇な同僚に声かけてやろう」がトップ・ギバー

 

個人で活動しているクリエイターは、前述した「お客さんにとって面白いのか?」を追求するのがやっぱり分かりやすいかな。

 

お客さんに面白いものを提供できるのなら、苦手な部分は他人に任せてしまう。

自らのアイデアを取り下げる。別のところに資金を注ぐ。

 

口で言うのは簡単ですが超むずい。だって自分の作品に愛着あるんだもん。

 

 

 

 

・・・でもさ、お前らもさ。

そんなところでくすぶっていないでさ。

 

 

分かる。その気持ちはわかるけど。

 

 

 

俺と一緒にトップ・ギバー目指して頑張ろうよ!

 

栄光を掴みに行こうよ!

 

掴んじゃいなよ!!

 

 

・・では、今日はこの辺で。