観念の中でめちゃくちゃにされたい!「この世界は仮想世界?」「実は地球は5分前にできた?」頭の裏側がゾクゾクする仮説まとめ

ゾクゾクしたい!

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水谷です。僕、今まで自分が信じていた前提が崩れるという経験が大好きなんです。

「実は自分以外、宇宙人が成り代わっていた」とか。「この生きている世界は小さな箱庭の一つにしかすぎなかった」とか。

空想して「あぁ、もしそうだったらむっちゃ怖いな。」と一人でゾクゾクし、光悦の表情を作っています。(この状況を勝手に"脳内ドM"と呼んでいます)

そんな僕が大好きな思考実験、仮説をご紹介!荒唐無稽だけど絶対にないとは言い切れない。脳内をかき乱されるような経験をお楽しみください。

シミュレーション仮説

「宇宙が実はシミュレーションである」という考え方

宇宙全体をシミュレート可能なほど高度に発展した文明があるならば、地球や、地球に住む人々がシミュレーションの中の住民である可能性もまた高い。

いわゆるマトリックスの世界です。僕らがこうやって生きているのは全て誰かのプログラム上の出来事でしかないという仮説。

実は僕たちは今、水槽の中に脳みそだけを入れられていて、脳に繋がれた電極からの信号で、何かを見たり、聞いた「気になっているだけ」だったらむっちゃ怖くないですか?

「この世は舞台上の芝居に過ぎない」メタ思考好きにオススメの名曲4つ(シミュレーテッドリアリティ症状) 

ラプラスの悪魔

世界に存在する全ての原子の位置と運動量を知ることができるような知性が存在すると仮定すれば(ひとつの仮定)、その存在は、古典物理学を用いれば、これらの原子の時間発展を計算することができるだろうから(別の仮定)、その先の世界がどのようになるかを完全に知ることができるだろう

あらゆる原子と運動を知ることができればば全ての未来は予測できる、という話。それはつまり、全ての人がこれからどんな行動をするのかも分かる(決まっている)ことを意味します。とっさに起きる不幸も、偶然としか思えない幸福も、あらゆる葛藤も、全て実は決められているのです。

「じゃあ、今俺が悩んでいる意味って一体・・。」と虚しくなる仮説。

世界5分前仮説

世界五分前仮説(せかいごふんまえかせつ)とは、「世界は実は5分前に始まったのかもしれない」という仮説。

たとえば5分以上前の記憶がある事は何の反証にもならない。なぜなら偽の記憶を植えつけられた状態で、5分前に世界が始まったのかもしれないからだ。 

記憶とは何かについて考えさせられる問い。あらゆる歴史の個人の記憶も「全て5分前に植えられただけ」という話です。

「5億年ボタン」もこれに似ていて、自分とは何か?記憶=自分なのか?という出口のない哲学を与えてくれます。

[ 閲覧注意 ] 世にも怖い漫画『5億年ボタン』

ボタンを押すと空間に飛ばされて、そこは餓死などの心配もなく、寝る事も出来ない。自分の身一つで5億年生きられる設計となっている。5億年経過すると、全ての記憶が消去され、元の場所へ戻る。そして100万円を入手できる。押した本人はボタン押して、ただ100万円出てきた様な錯覚に陥るが、実際は気が狂う程の5億年を過ごしている。

 哲学的ゾンビ

 「外面的には普通の人間と全く同じように振る舞うが、その際に内面的な経験(意識やクオリア)を持たない人間」という形で定義された仮想の存在。

話しかければ、人間らしい反応をしてくれるが、実はそれは反応するように設定された存在にしかすぎず、本当に怒ったり泣いたりすことはない人。自分の周りの人が哲学的ゾンビじゃないと証明することはできない、という怖さ。子供の頃、この哲学的ゾンビの恐怖に怯えていました。(当時はこの名称は知らなかったのですが)

【漫画】下校時刻の哲学的ゾンビ | オモコロ

こちらの漫画が相当秀逸です。

カブトムシの箱

各人に自分だけが中を見れる箱が1つ与えられているとしよう。箱の中には”カブトムシ”が入っている。

誰もが箱の中身をカブトムシと呼んでいるが、それを他人のカブトムシと比べあわせたことはない。各人は自分が持つ箱の中だけを見て、それがカブトムシであると考えているのだ。他人の箱の中身がまったく別物であるということもあり得る。

僕らが見ている赤色と友人の見ている赤は果たして一緒なのか?という問題。哲学的ゾンビに似ています。本当に他人のことを知ることはできないし、感覚を一緒にすることは不可能なのだと思い知らされます。

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毎回、カイジのこのシーンを思い出してしまう。

スワンプマン

ある男がハイキングに出かける。道中、この男は不運にも沼のそばで、突然 雷に打たれて死んでしまう。

この落雷は沼の汚泥と化学反応を引き起こし、死んだ男と全く同一、同質形状の生成物を生み出してしまう。 この落雷によって生まれた新しい存在のことを、スワンプマン(沼男)と言う。スワンプマンは原子レベルで、死ぬ直前の男と全く同一の構造を呈しており、見かけも全く同一である。

沼を後にしたスワンプマンは、死ぬ直前の男の姿でスタスタと街に帰っていく。そして死んだ男がかつて住んでいた部屋のドアを開け、死んだ男の家族に電話をし、死んだ男が読んでいた本の続きを読みふけりながら、眠りにつく。そして翌朝、死んだ男が通っていた職場へと出勤していく。

自分とは一体なんなのか?という話。「どこでもドア」問題も似たような課題を扱っています。

「どこでもドア」は体そのものがワープしてるわけじゃなくてドアをくぐるとき 記憶から何から全てデータを取り、出現場所に再構成している仕組みらしい。そしてデータを取った体は一瞬で焼き尽くされて消される

功利の怪物

功利主義とは、最大多数の最大幸福を旨とする規範だ。いかにも完璧に聞こえる教条の限界を示すのが、この思考実験。

ある科学者が普通の人よりも物事から功利を引き出せる存在を作り出したとしよう。私たちはケーキを食べれば、一定の幸せを感じるだろう。

しかし、功利の怪物はその1,000倍の幸せを感じることができる。もしケーキが1つしかなかったとしたら、最大の幸福を得るためにそれを功利の怪物に与えるべきだ。ケーキが2つであっても、2つとも与えるべきだ。功利の怪物が一般人よりも多くの幸福を得ている限り、功利主義では大多数の人々を不幸にすることになる。

それでも世界全体で見た場合の幸せの総量は最大のものなのだ。

最大の幸福を感じる人間が幸せなら、 その人だけを幸せにしていけば、全体を見ても幸せが最大化されるという問題。

 

思考実験をテーマにした作品を収録したショートショートはこちらです!

人間のエゴというか心理的な傲慢を描いてみました。

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考えたくない未来: 水谷健吾ショートショート集6

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