「ぼくらの仮説が世界をつくる」は編集者だけでなく作家にもオススメだった!

「ぼくらの仮説が世界をつくる」

ぼくらの仮説が世界をつくる

ぼくらの仮説が世界をつくる

 

クリエイターのエージェント業をしている「コルク」代表の佐渡島さんが書いた本。

「ドラゴン桜」や「宇宙兄弟」の担当もされていた方です。

 

エージェントやプロデュースの話が多めですが、

クリエイターがこれからどういう生き方をすべきかについても書かれています。

今まさに時代が蠢いているという認識を

今はとてもおもしろい時代です。これまで以上に未来が見えない時代だからです。 ITの本格的な普及により、コンテンツ業界のみならず、あらゆるビジネスにも地殻変動が起きている。

まさに大航海時代の始まりです。 

明治維新のときも、ほとんどの人が「時代が変わる」ことに気が付いていなかったのではないかと思います。

過去の歴史的な転換点を振り返ってみても、50%以上の人が時代の変化を認識していた、という事例はありません。

きっと15%くらいが分水嶺でしょう。「時代を変えたい」という人が15%を超えると、雪崩のように世界が変化していく。(中略)

今、まさにこの分水嶺を超えるかどうかの時期に差し掛かっているのです。

 まさにそうなんです!

「もっと貯金ができてから会社辞める」「成果がでたら作家一本で食べていこう」

なんて言っていると間違いなく乗り遅れます。というかその手の準備が出来上がる時なんて一生来ません。

 

お金がない?

シェアハウスをはじめとして費用を抑える方法はいくらでもあります。

クラウドワークスを使えばフリーランスでお金を稼ぐことだって可能じゃないですか。

 

それよりも自分が作りたい作品をどんどん世に出し、発信力や認知度を高めていくことのほうがこれからの時代は遥かに大事です。

自分と他人の感性を分析する

佐渡島さんの本を読んでいると「自分がどう感じているのか?」「他人がどう感じているのか?」を分析することの重要性が伝わってきます。

 

ということでいくつか参考になる箇所をピックアップ。

①仮説の立て方は実体験から

多くの人は重要な決断を迫られたときに、できるだけたくさんの情報を集めて、それから仮説を導くと思います。でも、そうしていると新しいことは何も生まれません。

では、どうすればいいのか? ぼくは「情報を無視しろ」と言いたいわけではありません。

仮説を立てるときは、誰でも得られるような数字のデータではなく、「日常生活の中で、なんとなく集まってくる情報」そして「自分の中にある価値観」のほうが大切なのです。

普段生活をしていて「今後はこういうものが求められるんじゃないか?」という仮説を立て、そのあとに情報を集めるというやり方です。 

「情報→仮説→実行→検証」ではなく「仮説→情報→仮説の再構築→実行→検証」という順番で思考することで、現状に風穴を開けることができるのです。

 

作品作りに置き換えるなら、自分が「最初のお客さんであり消費者」という感覚。

「自分は今こんな作品を求めている」という感性を大事にするといったところでしょうか。

②強いコンテンツを作る

 本質的なものを作れば、強いコンテンツができて、ちゃんと売れていく。ぼくはそういう信念で本作りをしています。

 「人間はどういうときに、どういうふうに感じて、どういうふうに行動するんだろうか」ということを突き詰めていき、人に喜んでもらえるサービスを提供すれば、企業は必ず生き残ります。

 ショートショート小説が好きなのでその例を。

 

星新一さんのショートショートが今でも面白いのって人間の変わらない業であったり深層心理を描いているからなのかもしれません。

小説家がガチでオススメする星新一の7つのショートショート 

③観察力を鍛えることが面白いコンテンツ

ぼくは新人マンガ家に対して、表現力の前に、観察力を鍛えるようにアドバイスします。表現するには、その元となる素材を「観察する力」が必要だからです。 新人の作品を読むときにぼくが確認するのは、その作品のおもしろさよりも、観察力があるかどうかです。

多くの新人が描くマンガは、「現実」を観察して描いているのではなく「マンガ」を見て描いています。(中略)

マンガを見て描いている人は、伸びシロがありません。仮にその一作がおもしろくても、再現性のある可能性が低い。観察する量が少なくて、頭の中に情報のストックが足りないと、何度もおもしろい話を描くことはできないのです。

 この「観察力」ってのがなんなのかって話なんですけど、本書では(原文ママではないですが)、

人間は普段、見たいものしか見ていない。なんとなく見逃しているものをしっかりと見ること

と書かれていました。

作家の場合ショートショートが良さそう

ショートショートを毎日書くことを自分に課していると日常の中のあらゆるところからネタを探そうとします。

その時、電車や街中で見かける人々の様子をよく見るようになるのです。つまりそこに「人間が持つ矛盾」を見つけようとします。

作家志望は、ショートショート小説を書いたほうが良い4つの理由

 

これからどんな作品が求められる?

①もっと表現の幅が広がる

本という形だけだと、作家が創造したものの10%くらいしか使用していないことになります。それを、30%、40%に高めていくのが、これからの時代の編集者の役目だとぼくは考えているのです。

動画編集、画像加工、ブログ、SNS。

人間が表現する手段は多様に、そして容易になりました。

文章だけで表現していた世界をイラストで、映像で、音楽で、もっと簡単に見せられるようになった。

自分が持っている世界観をあらゆる方向から創り上げることができるようになったのです。

今後は、マルチ的に自分の世界を創り上げることが求められるのかもしれません。

 ②二次創作の力が必要になる 

この15年くらいで極端に「二次創作」というものが増えました。原作をもとに読者が自由に新たなマンガを創作するのです。

(中略)

ジャンプ作品と他の作品の違いは、二次創作の量です。二次創作できないような完璧なストーリーというものは、どれだけよくても、敬遠されて売れにくい現状があります。「質が高い」ということが、売れるための条件ではなくなってきているのです。

この「二次創作をする」というのは、読者が作品に関わって補完をするという意味で、「教える側と教えられる側」「作品を作る側と受け取る側」という垣根を超えて、一緒に1つの作品をつくっている、とも考えることができます。

 読者が創作するための「余地」を残しておくことがいかに大事かという話。

 

「魔法のコンパス」ではセカンドクリエイターと呼んでいました。

「魔法のコンパス」はクリエイターとして生きていくなら必見

 

AKBと共に一時期流行った「オタ芸」も二次創作ですよね。あれも含めて一つの作品と見ることが可能です。

 

また、二次創作ではないですが、プラットフォームとして上手く機能としているのは「2ちゃんねる」「SCP財団」「bokete」辺り。

「読者との共作」がこれからどんな形で行われていくか楽しみです

絶対的な面白さではなく関係性の中での面白さ 

SNSの投稿を「おもしろくない」と思っていますが、わざわざ見ているということは、やっぱり「おもしろい」ということなのか?

(中略)

なぜ人は「練り込まれたプロの文章」よりも「友だちのくだらない投稿」のほうがおもしろいと思うのか?

身近な人が発信するから、ぜんぜん知らないプロの文章よりも「おもしろい」と感じるのです。

おもしろさというのは〈親近感×質の絶対値〉の「面積」だったのです。 

最後は情熱

「新しい作品を、下書きでいいのですぐにでも持ってきてください」と伝えていました。

しかし、本当に下書きを持ってきたのは、数人しかいなかったのです。そのうちの一人が、小山宙哉(宇宙兄弟の作者)さんです。

そして最後は情熱。

3年続ければ、徐々に世の中から受け入れられてきます。「あれ? 今までと世の中の反応が違うぞ」という反応が出てきて、もう少し頑張れる。

そして、大爆発するのは、5年目くらいです。

『ドラゴン桜』も『宇宙兄弟』も、どちらも3年ほど経った頃から、やっとヒットの兆しが出てきました。

多くの人は、だいたい1年ほど結果が出ないと、そこで諦めてしまいます。2年頑張れる人もかなり少ない。

3年、自分を信じて、努力し続けることができる人はほとんどいません

いやー、アツいですね!!

結局は続けられる人。あれこれと新しいことを試して諦めない人が日の目をみると。

なんて公平な世界なんでしょうか。

 

やるかやらないかですよ!!

分かりやすいし単純明快!!

この辺「多動力」の話と近いところがあります。

 

合わせてよみたい→作家にも「多動力」が必要そうなので語ってみる 

 

ということでクリエイターの方は読んでみてください

ではでは!

ぼくらの仮説が世界をつくる

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