声の大きな店員さん

ドトールの店員さん

僕の家の近くに行きつけのドトールがある。

駅前にここ以外のカフェはないためか、常にそれなりに賑わっている。

 

午前中からお昼にかけてはお年寄りが多く、

夕方ごろになると中高生がちらほらと現れるようになり、

日が落ちれば仕事終わりの社会人が増え始める。

 

この地域の人口分布の縮図を、そのまま体現したような場所である。

 

そこに、とても声の大きな中年女性の店員さんがいる。

おそらく今あなたがイメージした「大きな声」、その倍の声量はあると思って良い。

 

 

「声を張っている」というより「叫んでいる」に近いのだと思う。

だが、決してノドを酷使しているわけではない。実によく通る声だと感心すらしてしまう。

 

鍛えられた腹筋、使いこなされた腹式呼吸、そして何よりお客さんに声を届けようという意識。

この3つが掛け合わさって生まれた奇跡の声量だ。

 

例えば僕が、1年後に大きな舞台公演を控えているものの、肝心の主演女優が見つからず悩んでいる「かつて天才役者と呼ばれた演出家」だったとしたら、

この声を聞いた瞬間、おそらくはバッと立ち上がり、サングラスを取り外して、

「これだ……」

と呟くと思う。

 

そして、他のお客さんの接客をしていることもおかまいなしに彼女を手を取り、

「ついに見つけた」

と見開き1ページを使って彼女に告げているはずだ。

 

もちろん、僕が手掛けようとしているこの舞台の主人公は20代女性をイメージしたもの。

彼女を稽古場へと連れて行って「この子を次の舞台の主役にする」と宣言すれば、周りのメンバーからは反対を受けることになる。

 

特に、元々この役をやることになっていた若手女優はひどくご立腹な様子だ。

「こんなおばさんを主演にするなんてありえない!!プロデューサーはどうかしている(実はこの子は密かに僕に好意を寄せている!)」

 

でもそれは、ほんのつかの間。

ひとたびこの女性店員が発声練習をすると周りの見る目が一変する。

 

お調子者の劇団員「すごい声量だ!」

人懐っこい劇団員「あなた!どこの劇団にいたの?」

情報通の劇団員「ありえない。こんな人間がいたのなら俺が知らないはずがない」

最年長の劇団員「ふぉっふぉ」

 

 もちろんこの女性店員に劇団所属経験などない。誰も知らないのは当然である。

彼女はそのことを劇団員に伝える。

 

発声方法なんて習ったことはないし、演技などしたこともない。

ただドトールに入りたての頃、鬼のような店長から鍛えられただけだ、と。

 

店長の名前を口にする女性店員。そこで僕はふと考え込むわけです。

「その名前、どこかで聞いたような」

 

……とまぁ、それくらい大きな声だったのですが、ご理解いただけたでしょうか?